大沢たかおさんは、『キングダム』の王騎役や数々の役柄を演じ、今や日本を代表する俳優のひとりとなりました。
画面に映る圧倒的な存在感を見ていると、「大沢たかおさんはずっと俳優一筋だったのだろう」と思い込んでいました。
でも調べてみると、19歳の頃はモデルとして雑誌の誌面に立っていたというから驚きます。
しかも、ただの「イケメンモデル時代がありました・・・」で終わる話ではなく、挫折を経験していたり、苦労されていた時代もありました。
カメラの前で笑わなかった理由、パリコレでの挫折、お金がなかった下積み時代など・・・
今回は、世間にはあまり知られていないモデル時代の足跡をたどっていきたいと思います。
アイキャッチ画像は@osawa_takao.officialより引用しています。
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大沢たかおがモデルになったきっかけは?
大沢たかお19歳・専修大学在学中に人生が変わった
大沢たかおさんがモデルの世界に足を踏み入れたのは19歳、専修大学に在学していた1987年のことになります。
場所は新宿で、加藤雅也さんを担当していたオスカープロモーションのマネージャーの目に留まりスカウトされたことがきっかけになりました。
私の個人的な感想になりますが、「新宿でスカウト」というエピソードだけ聞くと、当時の新宿の空気感まで想像してしまいます。
芸能界とは無縁の大学生が、ある日突然声をかけられて人生が変わっていく・・・
よくある話のように思いますが、大沢たかおさん本人にとっては相当な決断だったはずでしょう。
大沢たかおは、なぜ就職しなかった?
大学生であれば、普通は卒業して就職する道を考えると思います。
でも大沢たかおさんは「未知の世界が面白そう」という感覚と、「普通に就職してもうまくいかない気がした」という直感を持っていたと語っています。
ここが個人的にもすごく共感できるポイントで、安定よりも好奇心を優先できる人って、実はそう多くないと思います。
私も好奇心が強く、同じような感覚を持っているので、大沢たかおさんの気持ちがわかります。
しかも当時はまだ「モデル業」自体が今ほど確立されたキャリアではなかった時代だと思います。
それでもモデルの世界に飛び込んだところに、後の俳優としての振れ幅の広さの原点があるように思えます。
大沢たかお:親の反対と家を出る決断
大沢たかおさんは、モデル業について親からは反対されたようです。
それでも家を出てまでモデルの道を選んだというのは、生半可な気持ちではできないと思います。この時点ではまだ「成功するかどうか」なんて誰にも分かりません。
失敗する可能性だって高い確率で想像できます。
それでもモデルを選び行動したことが、今の大沢たかおさんの俳優としての骨太な役作りにつながっている気がしてしまうのは私だけでしょうか?
決して自信があった訳ではないと思うし、気合と根性でどうにかなるわけでもないと思う。
以前、『人生の岐路や選択する場面に出会った時は難しい方を選べ!』と人生の先輩に言われたことを思い出しました。
大沢たかおのモデル時代:ファッション誌ではどんな存在だった?
大沢たかおは男性ファッション誌のモデルとして活動
モデルデビュー後、大沢たかおさんは男性ファッション誌「MEN’S NON-NO」を中心に活動していきました。
90年代前後のメンズファッション誌といえば、まさに時代の最先端を作っていたメディアのひとつだったと思います。
そこに名を連ねていたということ自体、大沢たかおさんは当時の雰囲気やスタイルがすでに際立っていたことの証拠のように思います。
この頃、私は10代、20代の青春時代を過ごしていました。
当時の男性ファッション誌は派手でカッコいい感じでしたよね。ですが、私にはハードルが高く、なかなか手に取って読むことはありませんでした。
大人の雰囲気をまとっている男性ファッション誌は、おしゃれな美容室に置いてある本っていう感覚で、なんとなく避けていた記憶があります。
大沢たかおと当時のモデル仲間たち
大沢たかおさんの同時期に活躍していたモデルさんは、田辺誠一さんです。
同じファッション誌や舞台に立っていたとされています。
同世代のモデルたちが切磋琢磨しながら誌面を彩っていた光景を想像すると、当時のファッション誌業界全体の熱量みたいなものが伝わってきますね。
やっぱり仲間やライバルの存在って大きいですね。お互いが切磋琢磨して大きく成長していく一つの物語って感じがして成長記録として残しておきたくなりますね。
大沢たかおは、「専属モデルだった?」
ネット上では「MEN’S NON-NOの専属モデルだった」と書かれている記事もときどき見かけますが、私が調べたところ、それを明確に裏付ける一次情報は見当たりませんでした。
ファッション誌での活躍は確認できるものの、「専属モデル」という肩書きについては断定しないで書いておこうと思います。
事実確認が出来たらリライトしたいと思います。
大沢たかおはモデル時代、なぜ「笑わなかった」のか
大沢たかおが理由を告白
これは今回調べていて一番印象に残ったエピソードです。
大沢たかおさん自身が、モデル時代にカメラを見て笑うのが恥ずかしかったと明かしています。
今の印象からは落ち着いた大人の俳優というイメージですが、若い頃は照れ屋だったというのは意外ですよね。
そんなギャップも魅力に見えてしまうのが不思議です。
個人的にはここに一番人間味を感じました。
大沢たかおはカメラマンに「カメラを見て」と指摘されていた
大沢たかおさんは、当初はカメラマンから「ちゃんとカメラを見て」と指摘されることもあったみたいですね。
最初から大沢たかおさんは「クールで目線を外すスタイル」だったわけではなく、むしろ本人の照れが生んだ結果だったというのが面白いと思います。
大沢たかおが目線を外す写真が「それも面白い」と受け入れられスタイルに
ところが、その目線を外した写真が「それはそれで面白い」と受け入れられ、いつしか大沢たかおさんのスタイルとして定着していったみたいです。
大沢たかおさんが抱えているコンプレックスや照れが、そのままモデルとしての個性に変化していく過程というのは、なんというか、今のSNS時代にも通じる話だと思います。
無理に直そうとしなかったこと、あるいは直せなかったことが、結果的に武器になり、個性として生かされる結果になったことが良かったと思います。
モデルさんはカメラ目線の表情が基本のポーズで、意識して視線を外したり、商品を目立たせるために視線を外すと思っていました。
ポーズ1つとってもさまざまなスタイルがあっておもしろいですね。
大沢たかおのモデルスタイルを他のモデルもマネをする
面白いのは、大沢たかおさんのスタイルが広がって、周囲の他のモデルたちまで笑わなくなり、
誌面全体が「ちょっと怖い雰囲気」になっていったというエピソードが強烈です。
一人の照れ屋なモデルが業界の空気を変えてしまったというのは、なかなかできることではないし、そのスタイルが今では当たり前の定番ポーズとして自然にモデルさんにも誌面を見る我々にも認知されているところがすごいですね。
大沢たかおが、モデルとして海外進出
大沢たかおが海外オーディションに挑戦!
大沢たかおさんは、21歳のときパリコレクションに出演しています。
ただし、そこに至るまでは決して順調ではなかったようです。
約30ものオーディションを受け、そのうち29個では「2、3歩歩いたら帰っていい」と言われるような酷い扱いだったみたいです。
現実はかなり厳しいですね。日本ではトップモデルでも、華やかなパリコレの裏側では、これほどの門前払いに近い経験があったというのは、意外と語られていない部分だと思う。
表面的な華やかな部分しか見ていないと、裏側ではこんなに残酷なのか・・・と現実を知るとショックです。
でも、厳しい現実に勝っていかないと活躍するチャンスにも巡り合わないってことですね。
大沢たかおはモデルとして世界のランウェイを歩いた
大沢たかおさんは、最終的には舞台に立ち、世界のランウェイを歩いたというのだから、その粘り強さと強い気持ちには素直に感心してしまいます。
何十回とオーディションに失敗し続けても、挑戦し続けるメンタルは、簡単に真似できるものではないですよね。
諦めるのは簡単、続けることが大事って言うけれど、本当にそうですね。
結果を出すまであきらめない!強い気持ちが大事だと思います。
大沢たかおがモデルとしての違いを感じたこと
大沢たかおさんは実際に本場のランウェイに立ったとき、自分より15cmも身長が高い海外モデルたちを目の当たりにして「この世界ではやっていけない」と痛感したみたいです。
憧れの舞台に立った瞬間に、同時に限界も見えてしまう・・・。
このリアルな感覚が、単なるサクセスストーリーではないところに好感が持てます。
周囲はすごい!とか羨ましい!とか称賛すると思うけれど、実際に自分がその場に立って肌で感じた雰囲気は全く違うものなのですね。
ただ、海外のモデルさんと同じステージに立てるレベルまで来れたことに対しては自信をもって良いと思います。
大沢たかおのモデル時代の「下積み」エピソード
モデルの世界は最初から華やかではない
雑誌やランウェイという言葉だけ聞くと華やかな印象しかないが、実際の生活は決して楽ではなかったようです。
お金がなくコンビニでお菓子を買っていた頃
お金に余裕がなく、コンビニでお菓子を買って過ごしていた苦しい時期もあったようです。
今のイメージからは想像しづらいエピソードだけに、なんだか親近感が湧いてしまう。
私もお菓子でおなかを満たしていた時期があったので、辛い過去を思い出しました。
友人と2人合わせて160円だったクリスマス
特に印象的なのが、友人と2人で過ごしたクリスマスの所持金が合わせて160円だったという貧しいエピソードです。
この金額の生々しさが、当時の状況をリアルに物語っていると思います。
華やかな誌面の裏では、トップモデルになるまでにはたくさんの苦労があったと知ると、モデルという職業の見え方が変わります。
大沢たかおのモデル時代は「成功」だったのか?
ここまでのエピソードを整理すると、MEN’S NON-NOでの活動やパリコレ出演という実績がある一方で、海外オーディションでの門前払いや金銭的な苦労といった挫折も同時に経験していたことが分かる。
大沢たかおさんはモデル時代を振り返って「お祭りのように楽しかった」と語っているそうですが、その一方では、世界の舞台では通用しないという現実も突きつけられている。
個人的には、華やかな部分と下積み時代の苦労の「両面」がそろって初めて、モデル時代の意味が見えてくると思う。
大沢たかおはモデルからなぜ俳優になったのか?
大沢たかおがモデルを辞めた・・・
意外と語られていないのが、モデルを辞めたあとに訪れたとされる空白期間・・・
いわば放浪の時間と言っていいと思う。
次のキャリアが決まっていたわけではなく、いったん立ち止まる時間があったというのは、当時の心境を考えるとかなり重い決断だったのではないかと思います。
仕事が無いってことは完全な無職状態ですよね。お金が無くて生活に困っただろうし、かといってやりたいことも見つからなかっただろうし、私だったら生活のために華やかな生活を捨てて、就職したりバイトするなどお金を稼ぐことにフォーカスしてしまうかもしれません。
大沢たかおの転機
大沢たかおさんはその後、以前所属していた事務所やマネージャーから「俳優をやってみないか」と声がかかったという。
モデル時代の縁が、次のキャリアにつながっていくところに、人とのつながりの大切さを感じずにはいられない。
自分一人では生きていけない。周囲の人たちに生かされていることを実感するエピソードですね。
大沢たかおの挑戦
大沢たかおさんは、25歳の後半に「一か八か、ダメ元で」という気持ちで俳優への転身を決めたそうです。
20代半ばという年齢は、当時の芸能界的にも決して早いスタートではありません。
それでもリスクを取った選択が、今の大沢たかおさんの俳優人生を作っています。
何歳でもチャレンジできると思いますが、この決断はすごいと思います。
年齢で言えば若手でもなければ、中堅でもない。俳優のライバルがたくさんいる世代だと思うからです。
大沢たかおの俳優デビュー
大沢たかおさんは1994年、フジテレビのドラマ『君といた夏』で俳優デビューを果たします。
ここから俳優キャリアが始まったと思うと、モデル時代を含め人生の紆余曲折すべてが必要な下積みだったように思えてきます。
大沢たかおのモデル時代の経験は今に繋がっている
大沢たかおの記憶力
大沢たかおさんは、MEN’S NON-NO時代に関わったスタッフの名前を今でも覚えているといいます。
この細かいエピソードひとつをとっても大沢たかおさんが当時の経験をどれだけ大切にしているかが伝わってきます。
何年も経っているのに会った時に名前で呼ばれたら嬉しいですよね。
記憶力が良いだけではないと思うし、モデル時代にどの仕事に対しても必死だったことが伝わってきます。
大沢たかおがランウェイ登場
大沢たかおさんは、2024年には「HERMÈS GINZA CALLING」というイベントで、久しぶりにランウェイに立つ姿も披露しています。
モデル時代から数十年を経て、再びランウェイに立つというのは感慨深いものがありますね。
俳優に挑戦した結果、再びモデルとして輝く!
このチャンスも人と人との繋がりから実現したのではないでしょうか。
周囲の人に生かされていることを実感できるエピソードですね。
大沢たかおが演じる王騎役の存在感
これは完全に私の意見になってしまいますが、『キングダム』での王騎役の圧倒的な存在感や、あの独特の視線の使い方を見ていると、モデル時代に生まれた「目線を外すスタイル」がどこかで生きているように感じます。
もちろん確証はないけれど、若い頃に培った表現の引き出しが、今の重厚な役作りにつながっていると考えると、ますます大沢たかおさんが演じる役の見方が深まる気がする。
大沢たかお:モデルまとめ
大沢たかおさんは、19歳でのスカウトからモデル活動が始まり、MEN’S NON-NOでの活動、パリコレでの成功と同時に味わった挫折、金銭的に苦しかった下積み時代を経験しモデルを辞める。
そして空白期間を経て、元マネージャーからの一言と俳優への転身。
大沢たかおさんのモデル時代は、単に「若い頃かっこよかった」で片づけられるものではないと思います。
むしろ、この時期の人生の紆余曲折こそが、今の俳優としての演技の厚みを作っていると感じます。
年齢を重ねれば重ねるほど俳優としての演技の幅が拡がったり、繊細な心情を表現してくれるのではないでしょうか。
これからの活躍も応援したいと思います。


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